1981年(昭和五六年)

矢野のダンナの事/中後正雄 -Masao Chugo-

私と矢野のダンナとの御付き合いは、今を遡る事二〇年前、大学三年の時に立ち寄ったマドリッドで始まりました。

それ以来私の度重なるスペイン旅行、また御帰国の際には必ず酒を酌み交わし、今では不肖乍ら子分の一人に加えて頂いております。私の多くの友人達もダンナの魅力に取り憑かれてしまい、いつのまにか立派な子分となってしまいました。

マドリッドから世田谷の御宅に生活の基盤を移された今日、時折集っては時に皇室から、果てはキャバクラの話題に至るその縦横無尽な矢野ワールドを酒の肴に、楽しい時を過ごさせて頂いております。

その集いにいつも饗されるのが美味しい手料理とワイン、そしてとびきり極上の御話です。スペインよろしく酒盛りは昼から時に深夜にまで及びます。手料理には特に凝ったレシピはありませんが、素材は食通のダンナらしく選りすぐりの御馳走が食事に並びます。マドリッドでは、乳だけで育った小羊の炙焼きやら、鰻の稚魚のアンギュラス。こちらでは最高級の松阪牛の霜降りのすき焼きや、鴨鍋といった具合です。

ワインは十数年間スペイン中を廻って巡り会われたSenorio de los Llanos。滑らかな口当たりで、気がついたら空瓶がごろごろ、という恐い御酒です。

これ迄日本で手に入れる事は叶いませんでしたが、先日私がとある酒屋で偶然にも見つけ、お知らせしましたので、近々どなたでもどん底にてこの豊かな味を楽しんでいただけるはずです。因みにこの銘柄を翻訳するとズバリ「ヤノのダンナ」という意味です。

さて、多くの人を魅了して止まない矢野さんの魅力とはいったい何でしょうか。きっとそれは生れながらの人間性の上に、有名無名の方々との交流を通して磨かれた、すばらしい感性の賜物ではないでしょうか。ダンナは決して御自分の主義を他人に押しつける事はされませんが、私達もふと気付くと知らず知らず、影響を受けている事があります。例えば

嫌な事、面白くない事は絶対にやらない。
美しい事、芸術を愛でる。
美味しい酒、料理等、彩のある生活を楽しむ。
形式や体裁に頓着しない(反権威、権力)。
友人を大切にする。
どんな人にも平等に接する。

とても私など、この様なダンナ主義を真似できる度量を兼ね備えておりませんが、少しでも近づきたいものだと日々、思っております。正しくどん底が多くの客を集め、五〇周年を迎える事が出来たのも、これらの主義があったればこそと思わずにはおられません。

これからも末永くダンナと旨い酒を酌み交わす事が出来ます様、そしてこのかけがえのない酒場どん底が百周年に向けて新たな一歩を踏み出されます事を祈念しております。

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マンガ太郎 -Taro Manga-

二〇代の頃、憧れてドアを開けた『どん底』。
ブランクがあったが、どんごろ会ゴルフコンペからのお付合いはもう長くなる。
『どん底』には懐かしい思い出がいっぱい。
五〇周年おめでとうございます。

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小島章司 -Shoji Kojima-

いささかシニカルに、ちょっとシャイな眼差しで、超然とした態度を貫き、朝も昼も夜もご自分流に酒を楽しんでいらっしゃる矢野さんの風流。

十九才からの『どん底』の経営、そして半世紀を迎えられたとのこと、おめでとうございます。
東京でもマドリッドでも『どん底』を通じて沢山の朋友を招じ親切を振り撒かれて参りましたネ。
私も沢山ご馳走になり稽古の後や仕事の後くたくたになった心身に休息の一時を与えて下さいました。
感謝の気持で一杯です。
矢野さん、これからも日々書画に遊び酒とたわむれて風雅な人生をお送り下さい。
五〇年という長大で重みのある歴史を刻まれたこの日を祝し、『どん底』の更なる繁栄と矢野さんのご健勝を心より祈念致しております。

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